北鎌倉 安部晴明と北斗川

この地に頼朝の要請を受けた安部晴明一連の学者たちの陰陽寮があり、山之内北斗川(北斗七星の柄杓(ひしゃく)形 )に流れる川の不思議を歩いてみました。

十王堂橋(鎌倉十橋の一つ)の北斗川から八雲神社御旅所の天王屋敷まで約400mで北斗七星の柄杓(ひしゃく)形に流れを変えられたところが随所に見られます。右下図面

絵 上右きし亀子著「織姫星と鎌倉」より

昔 古老の茶飲み話しで 頼朝の幕府創建や北斗信仰などから幕府の発展を願って川の流れを北斗七星の柄杓形に変えられたようです・・などの逸話残っています。 十王堂橋より亀井材木店裏で90度右に折れ流れます

川の流れを変えることは今も昔も大変な事で諸説ありますが、 頼朝と幕府の発展と都市建設に安倍晴明学者たちも大いに働いた痕跡が此処でも見うけられます。

ご護岸工事は60年前ころされたようです。

川は柄杓(ひしゃく)形の構図で90度以上幾重にもうねってここで終わります。

ここも90度以上大きくうねって、 此処から先の天王屋敷(八雲神社御旅所)まで柄杓の枝になり真っ直ぐ鶴岡八幡宮を指しています。