文永と弘安の役 鎌倉幕府北条時宗とモンゴル帝国フビライの戦い、

蒙古(モンゴル帝国)襲来  1度目の襲来は1274年の「文永の役」は元軍(フビライ)は兵士の数が約27000〜39700人、軍船は約900艘という圧倒的な戦力で攻撃してきましたが鎌倉幕府軍はこれを迎え撃ち勝利しました。2度目の侵攻は27年後の1281年弘安4年「弘安の役」です。よく神風で勝ったと言われますが、史実を追えば結束した御家人たちによって撃退されたことがわかります。

2度目侵攻の「 弘安の役 」は、東路軍と江南軍合わせて兵士が約15万人、軍船が4500艘という数で、この艦隊は世界史上最大規模の艦隊で2度目の侵攻をして来ましたが鎌倉幕府はこれに応戦しまたもや勝利しました。

円覚寺は鎌倉幕府第8代執権 北条時宗により元寇の戦没者追悼のため中国僧の無学祖元を招いて 国家安泰と元寇(蒙古襲来)による両国戦死者の冥福を祈って 創建した禅寺なのです。